鉛筆の値段

STORY · 創作
創作日記
創作(フィクション)
本の最後のページの隅に、鉛筆で小さく値段が書いてあった。
日曜の午後、川沿いの古本屋で一冊買った。表紙の角が丸くなった、古い随筆集だ。棚から抜いたとき、日に焼けた背表紙の色が気に入った。それだけの理由で、中身もほとんど確かめずにレジへ持っていった。
家に帰って開くと、裏表紙の内側に、店主の字らしい鉛筆の数字があった。その上に、もうひとつ、薄くなった別の数字が見える。消しゴムで消したあとに、新しく書き直したのだろう。さらに目をこらすと、その下にも、ほとんど読めない三つ目の跡がある。
この本は、何度か店から店へ、人から人へと渡ってきたのだと思う。そのたびに、誰かが値段を消して、新しく書いた。
ページをめくると、ところどころに前の持ち主の気配があった。ある章の題の横に、小さな丸がひとつ。別のページには、角を折った跡。栞の代わりにしていたのか、細長いレシートが一枚はさまっていた。印字はほとんど消えていて、日付も店の名前も読めない。
丸のついた章を読んでみた。冬の朝の台所の話だった。短くて、静かで、なぜか少し泣きたくなるような文章だった。前の持ち主が、どうしてここに丸をつけたのか、少しだけわかる気がした。
読み終えてから、鉛筆を持ってきて、自分も小さな丸をひとつ描いた。前の人の丸の、すぐ隣に。
いつかこの本を手放す日が来たら、次の人は、二つ並んだ丸を見つけるかもしれない。そのとき、裏表紙には、また新しい値段が書かれているのだろう。消されては書き直される数字の下で、丸だけが、少しずつ増えていく。
この文章は創作(フィクション)です。登場する出来事や人物は実在のものではありません。