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綴る · 日記 — Writing · Diary

2026年10月27日(火)STORY · 創作

つまみの隙間

STORY · 創作

創作日記

創作(フィクション)

ラジオのつまみを、少しだけ回しすぎた。

いつもの局から外れて、ざらざらした雑音が部屋に広がる。戻そうとして指を止めた。雑音の奥で、誰かが小さく話している。遠い町の放送が、夜の空を渡ってきたらしい。言葉はほとんど聞き取れない。ときどき、天気のこと、と分かる単語がまじる。

このラジオは、祖父の家の台所にあったものだ。木の箱に布を張った古い形で、つまみはふたつ。音の大きさと、局を選ぶほう。局を選ぶつまみは、回すと中で針が左右に動く。目盛りに書いてある数字は、もう半分かすれて読めない。

祖父は、晩ごはんのあと、決まってこれを鳴らしていた。野球の中継のこともあれば、知らない国の音楽のこともあった。子どもだったわたしは、つまみの隙間にこそ面白いものがあると信じていて、こっそり回しては叱られた。

今夜、その隙間に、また何かがいる。

雑音がふくらんだりしぼんだりするたびに、遠い声が近づいたり遠ざかったりする。たぶん、空の上の見えない層が、ゆっくり揺れているのだ。昼間は届かない声が、夜になると届く。そういう仕組みがあることを、わたしは理屈よりも先に、この台所で覚えた。

しばらく耳を澄ませていたら、声の向こうで、聞き覚えのある旋律が流れはじめた。題名は思い出せない。祖父が口ずさんでいた気がする。

曲が終わる前に、雑音がすべてを飲み込んだ。つまみを少し戻しても、もう見つからない。

それでいいのだと思う。いつもの局に戻して、音を小さくした。つまみの隙間には、今夜も何かが住んでいる。

この文章は創作(フィクション)です。登場する出来事や人物は実在のものではありません。

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