骨の折れた傘

STORY · 創作
創作日記
創作(フィクション)
傘の骨が、一本だけ折れていた。
月曜の朝、玄関で開いたとたんに気がついた。紺色の布の一か所だけが、力なく内側へ垂れている。先週の強い風の日に、どこかで無理をさせたのだろう。
買い替えようか、と一瞬思った。けれど、この傘はもう何年も使っている。持ち手の木が手の形に少しだけすり減っていて、握るとちょうどいい。ほかの傘では、たぶんこうはならない。
駅までの道を、折れた側を後ろに回して歩いた。雨は細く、まっすぐ降っていた。垂れた布の先から、しずくが規則正しく背中のほうへ落ちていく。それほど困らない。困らないけれど、なんとなく、傘に申し訳ない気がした。
帰りに、商店街の奥の小さな修理屋をのぞいてみた。鍵や時計や靴と並んで、ガラス戸に「傘」と手書きの紙が貼ってある。店主は傘を受け取ると、黙って一度開き、折れた骨を指でなぞった。
「明日の夕方」
それだけ言って、小さな番号札をくれた。
番号札を財布にしまいながら、ふと、直すという仕事のことを考えた。新しく作るのとは違う。元の形を覚えていて、そこへ戻してやる仕事だ。持ち主の手のすり減りも、布の小さな色あせも、そのまま残して。
その夜は晴れた。玄関の傘立てに、一本分の空きがある。それが少し寂しくて、少しうれしい。
明日の夕方、あの傘は、折れる前とほとんど同じ姿で戻ってくる。ほとんど、というところが、たぶんいちばん大事なのだと思う。
この文章は創作(フィクション)です。登場する出来事や人物は実在のものではありません。