余った鍵

STORY · 創作
創作日記
創作(フィクション)
鍵がひとつ、余っている。
キーホルダーには、家の鍵と自転車の鍵、それから実家の勝手口の鍵がついている。その隣に、どこを開けるのか分からない真鍮の鍵が、もう何年もぶら下がっている。持ち手のところに小さな丸い穴があいていて、歯は三つだけ。ずいぶん古い形だ。
いつからついているのかも覚えていない。引っ越しのたびに、外そうかと思ってはやめてきた。開ける扉が分からないのに捨てられないのは、どこかで扉のほうが待っているような気がするからだ。
今日、ふと思い立って、家じゅうの鍵穴を試してみることにした。机の引き出し、古いトランク、押し入れの奥の木箱。どれも合わない。郵便受けの鍵穴にも差してみたけれど、半分も入らなかった。
最後に、母からもらった裁縫箱が目に入った。蓋の真ん中に、飾りのような小さな錠がついている。今まで一度も鍵をかけたことはない。それでも、差してみた。
かちり、と軽い音がして、錠が回った。
中身は、いつもと同じ針と糸だった。何も秘密はない。けれど、蓋の裏に、薄い鉛筆の字で日付が書いてあった。ずいぶん昔の、ある春の日付。母の字だった。その日に何があったのかは知らない。聞けば教えてくれるのかもしれないし、本人も忘れているのかもしれない。
錠をもう一度回して、鍵をキーホルダーに戻した。余っていた鍵は、余っていたわけではなかったらしい。ただ、使う日を待っていただけだ。
その日付のことは、今度の帰省のときに、聞いてみようと思う。聞かないかもしれない。どちらでもいい気がしている。
この文章は創作(フィクション)です。登場する出来事や人物は実在のものではありません。