木守りの柿

STORY · 創作
創作日記
創作(フィクション)
隣の家の柿の木に、実がひとつだけ残っている。
先週までは、枝もたわむほど生っていた。週末に、隣のおばあさんが脚立を出して、娘さんらしい人と二人で採っていた。籠いっぱいの橙色を、玄関先でいくつか分けてもらった。甘くて、少しだけ渋が残っていた。
それなのに、いちばん高い枝の先に、ひとつだけ取り残されている。脚立が届かなかったのかと思っていたら、今朝、ごみ出しのときにおばあさんが教えてくれた。
あれはね、わざと残してあるの。
木守り、というのだそうだ。最後のひとつを木に残しておくと、来年もまた実がよく生る。鳥たちへのお礼でもある、と言っていた。昔から、そうしているのだという。
昼過ぎ、窓から見ていると、さっそく鳥が一羽やってきた。灰色の、少し太った鳥だ。枝にとまって、首をかしげながら、実をつついている。しばらくすると、もう一羽が来て、場所を取り合うように羽をばたつかせた。実は、つつかれるたびに少しずつ小さくなっていく。
空はよく晴れていた。葉の落ちた枝の先で、残った実だけが、絵の具を置いたように光っている。全部を採ってしまえば、この景色はなかった。
ひとつ残す、というのは、ずいぶん贅沢な考え方だと思う。手を伸ばせば届くものを、あえて手放しておく。来年のために、鳥のために、たぶん、見る人のためにも。
夕方には、実は半分ほどになっていた。明日には、きっとへたしか残らないだろう。それでも、あの木はちゃんと冬を越して、また橙色をつけるに違いない。
この文章は創作(フィクション)です。登場する出来事や人物は実在のものではありません。