「もっとポップにしてもらえますか?」——デザイナーなら誰もが一度は受け取ったことのあるフィードバックだろう。彩度を上げればいいのか。角を丸くすればいいのか。フォントを変えればいいのか。この言葉だけでは、何をすればいいのか分からない。そして多くの場合、言われた通りに「ポップ」にした修正案は、なぜか却下される。
かつての私は、こうしたフィードバックを「クライアントのデザインリテラシーの問題」だと考えていた。しかし経験を重ねるうちに、それは間違いだと気づいた。問題はリテラシーではない。私たちとクライアントが、そもそも違う言語を話しているということなのだ。
なぜすれ違うのか
デザイナーは「余白」「ジャンプ率」「トンマナ」「視線誘導」といった専門の語彙で世界を見ている。一方クライアントは、自分のビジネスの言葉——売上、顧客、競合、ブランドイメージ——で世界を見ている。同じ画面を見ていても、見えているものがまったく違う。
「もっとポップに」という言葉は、クライアントの言語からデザイナーの言語への、不完全な翻訳である。その奥には「若い層に届いていない気がする」「競合より地味に見える」「自社の勢いが表現されていない」といった、ビジネス上の不安が隠れていることが多い。翻訳された言葉だけを受け取って手を動かすと、本当の課題を外したまま修正を重ねることになる。
ムードボードという共通言語
言語が違うなら、共通言語をつくればいい。私が最も頼りにしているのがムードボードだ。プロジェクトの初期に、方向性の異なるビジュアルの束をいくつか用意し、クライアントと一緒に眺めながら「これは近い」「これは違う」と仕分けていく。
このとき重要なのは、正解を当てにいくことではなく、「違う」と言われたときに理由を聞くことだ。「この写真は高級すぎる」「この色はうちらしくない」——否定の言葉の中にこそ、クライアントが持っているブランド観が現れる。言葉では定義できなかった「らしさ」が、具体的なビジュアルを前にすると驚くほど雄弁に語られる。
「クライアントは問題を感じている。ただ、それをデザインの言葉で表現できないだけだ。」
この前提に立てば、曖昧なフィードバックは「無茶な注文」ではなく「解読すべきメッセージ」に変わる。解読の責任は、専門家である私たちの側にある。
「なぜ?」を5回聞く
トヨタの生産方式に「なぜを5回繰り返す」という考え方がある。これはフィードバックの解読にもそのまま使える。
- 「もっとポップに」——なぜそう感じますか?
- 「ちょっと堅い印象だから」——なぜ堅いと困りますか?
- 「若いお客さんに敬遠されそうで」——なぜ若い層が重要なのですか?
- 「来期から20代向けの新商品を出すから」——なるほど、本当の課題はここだ。
「ポップにする」ことが目的なのではない。「20代に新商品を届けるためのトーン設計」が課題だったのだ。ここまで掘り下げられれば、彩度を上げるかどうかという表層の話ではなく、設計レベルでの提案ができる。尋問にならないよう、好奇心を持って対話として聞くのがコツだ。
デザインの選択を「理由」で語る
解読と同じくらい重要なのが、こちらの提案の伝え方である。「この余白がきれいなので」という説明は、デザイナーの言語だ。クライアントの言語に翻訳するなら、「情報を絞って余白を取ることで、一番伝えたい新商品に視線が集まります」となる。
すべてのデザインの選択には理由がある。その理由を、相手のビジネスの言葉で語れるか。これができると、デザインの議論は「好き嫌い」の応酬から「目的に対して有効かどうか」の検証へと変わる。プレゼンの場で守るべきは自分の美意識ではなく、議論の土俵である。
フィードバックの受け取り方
それでも、厳しいフィードバックは心に刺さる。何日もかけた案を一言で否定されれば、防御的になるのが人間だ。しかし防御の姿勢は、解読のチャンスを潰してしまう。
私が意識しているのは、フィードバックを「攻撃」ではなく「発見」として受け取ることだ。クライアントの違和感は、自分一人では絶対に得られなかった情報である。「却下された」のではなく「課題の輪郭が一つ明確になった」と捉え直す。実際、プロジェクトを振り返ると、決定的な改善のきっかけは大抵、最初は受け入れがたかったフィードバックの中にある。
デザイナーの仕事は、美しいものをつくることだけではない。クライアントの中にある言葉にならない思いを聞き取り、形に翻訳し、その理由を語ること。つまり、コミュニケーションそのものがデザインの一部なのだ。「もっとポップに」という言葉に出会ったら、それは対話を始める合図だと思ってほしい。良いデザインは、良い対話からしか生まれない。